Eri Koo Blog

元気があればなんでもできる学習帳

自分で自分を大丈夫にするチカラ

某日、とある街をぶらぶらと歩きました。
ランチして、散歩して、カフェして。
これを、今風に考慮した(しかし現実である)文章に直すと。
他に誰もいない美味しいお店でごはん食べて、誰もいない場所を散歩して、充分に間隔の空いたスペースのカフェでお茶をしました。
こんな普通のことが、緊急事態宣言という名のもとに、不謹慎な行為として口に出せない。それが今起こっていること。
美味しい店なのに他にお客さんがいなくて寂しい空気だったり、カフェも早々に閉まってしまったり。
街があまりにも静かで、人がいなくて、ちょっと悲しい感じもして、じわじわと死にいくような空気を感じてしまって。

なんだこれ?
と。
感情的な不安でも心配でもなくて、事実としての危機感を感じたのです。

新型コロナの蔓延から約1年。
COVID-19へ、ある程度のデータが揃ってきていて。
つばがかかる程の近距離で話したりしなければ、感染は起こりにくいのだとか。
だから人混みでもないところでマスクを付けても意味がないとか。
1年でワクチンが出来るなんてあり得ないことで、ワクチン摂取は公的な人体実験にも似ているのだとか、そもそも変異を繰り返すコロナウイルスには意味がないだとか。
日本政府は国民が死のうと、経済的に困窮して苦しもうと、そんなことよりともかくオリンピックがしたいからPCR検査数を減らし陽性者の数値を減らしたいから、死者数・重傷者数ではなく陽性者は今から急に減るようになるだとか。
(ソースは全て科学者や医師や保険の現場の人の声から)
もう、たくさんの事実と、具体的な対策もわかってて。

その中で、なるべく人とコミュニケーションし、経済活動を回すようにしていかないと、街の活気と個人の活気がどんどん失われる。

元気なくなるの、良くない。

こないだ見かけた小学生くらいの子ども二人とお父さん。一緒にジョギングしていて。それはとても良い光景なのに、全員マスクしてる。
ニュースでだって何度も言われてる。
運動時のマスクは危険ですと。
呼吸が制限されるから、身体にかなりの負荷をかけてしまう。
ましてやそこは郊外の河川敷、見渡す限り100メートル四方、人がいないのです。
マスク、意味ない。
同じように、住宅地でだって道幅が広くて、人とすれ違うのだってそんなにない場所で、マスクしている。
人間にとって呼吸は要。
水や食べ物をとらなくたって何日か生きていけるけど、呼吸停止5分で死に至る。
その、酸素量が欠乏するマスクを常時身につけることの影響がないわけがない。
身体はだるくなり、脳は判断力を低下させ、いろんなことが上手く回らなくなる。免疫系も神経系にもダメージがある。

科学者たちは「正しく恐れよ」と言う。
一生懸命に専門家たちが打ち出して続けてくれる、今現在の正しい知識で対処して、ちゃんと恐れること。
意味のない行為で、心身の健康を削らないように。
検査もワクチンも、必要あるのかないのか、個人個人の判断でちゃんと摂取するしないを行えるように、健康でいないと、結構本当にやばいように思う。
このままだと1億総ワクチン摂取とか言いかねない。
現に、ワクチン摂取をマイナンバーに紐付けるとか言い出している。

ワクチン批判ではなく、するかしないか選択する自由の権利が無くなるのが危険、という話。

なんだこれ。
今の日本はディストピアでしょうか。

そのうち、検査はともかくワクチン摂取しないと国外に行けないとか、都道府県を越えられないとか言い出したら、完全にSFの世界。笑えるような戦時下みたいな世界が広がる。
以前いた職場は、某大手企業の科学系の研究所でした。ガッチガチの経団連系企業=政府とずぶずぶ。
多分、まだそこにいたら、検査もワクチンも必須でしなければならなかったのかもしれないなと思う。だから今現在、何事も自分の判断で決定できる場所にいることに、ほんのりと安堵する。
以前書いたこの記事の中、現代の賢者達が言う、ファシズムの台頭に気をつけろ、が本当に起こってる。

erikoo.hatenadiary.jp

こわやこわや。

じゃあどうすればいいんだって話。
ちっぽけな個人が、国家とかに抗えるわけもない。
けど、どこにだって抜け道はある。
あの過酷な時代、第二次世界大戦の時にだって、生き馬の目を抜くように同調圧力の中を生き延びた人たちがいる。自分という個性を守りながら、大事な良心と理性を保ちながら。
どうすればそれが出来るかって、歴史から学んだのは二つ。
一つ目はやっぱり、健康です。
心身が健康であれば、自分にとってベストな判断と行動が出来る。
そして、二つ目はコミュニケーション。
人間は関係性で出来ている。
ものすごいコミュニケーション能力を身に付けろ、ってわけじゃなくて最低限隣の人と普通の関係を築き、自分の大切な人を大切に出来る能力。

自分で自分に大丈夫だと言えるチカラというのは、そこから湧き出てきます。

日本という国はアメリカの属国で。
だから大統領選が一段落した今、次々に強めの国策が(アメリカから降りてきて)打ち出されていくでしょう。
経済だって一部の人の利益だけ確保して、あとは1億総貧困、無茶苦茶になるような経済策が取られるでしょう。
国はごく一部以外の個人を助けてはくれないでしょう。

怖いようなことを書いたけど、それでも全然、絶望とかディストピアが来るとは思ってなくて。
どんどん個人の力が強くなってきていると思うから。
いろんなところに、良心と理性、そして知性を携えた人がいるから。
国とか政府は適当にお付き合いしつつ、そういうお仲間たちと手を取り合って、かつ個人の力も付けながら生き抜いていくことができるように思う。
机上の空論や理想主義でもなくて、実際に行動していけばそこへの道のりを歩むことは夢ではない。

大きな話になっちゃったけど、その、実際の行動というのは小さな日常の積み重ね。

目の前の仕事をちゃんとしたり。
好きな人と連絡を取ったり。
自分の機嫌が良くなるような買い物をしたり。
運動不足だからと縄跳びしてみたり、You Tube見ながらヨガとか筋トレしたり、リングフィットしたり。
美味しいもの食べたり。
好きなお店、好きな物を創る人に、お金を払って良いものをいただいたり。
海を見たり、山に入ったり、川を眺めたり、植物を育てたり。
芸人さんのトークや漫才で笑ったり。
音楽に癒やされたり。

そういうことで、心身の健康を保ち、促進していくことで、元気が育つ。

そんなわけで、わたしはいろいろ考慮しながらも、ぶらぶらと出歩き続けます。
ずっと家に籠もってて心身に良いはずなんてない。
バイクに乗って、車にのって、電車ならマスクつけて人と距離とって。
人が多少いても、ツバ飛ばしながら大声で話してるわけでもないのに、すれ違うだけでウイルスや細菌が感染することなんてものすごい確率だし、その程度の防衛には気を配って、大好きな店にも映画館にも足を運ぶ。

注意しながら、正しく恐れながら、自分のために、まわりの大好きな人や物のために、やりたいようにやらせていただく。

この危機的時代を、シリアスにならず(シリアスになったら呼吸が浅くなり、身体が縮こまってうまく動けないので)、鼻歌など歌いつつ、踊りながら生き抜きたいと思う、満月の今日です。

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読んでいただきありがとうございます☆祝福アレ♪

 

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