HSP/HSSについての考察 20 - 地図なしで方角がわかること
HSP/HSSシリーズ、自然環境との親和性の話、3つ目。
(前回)
軽めの山登りが趣味なのですが、歩いていると、なんとなく川のある方、なんとなく大きな木のある方、存在感のある岩、そういったものが、見えて無くても「何かある」と感じられて足が向くことがあります。
道なき道をがさがさ行くと、やっぱり何かあります。
一言で言うと「勘が良い」のだと思っていました。
けれど、HSPというものを知った時に、そういった大きいものが発しているエネルギー・波動みたいなものを、身体がキャッチしてるんだなと捉えるようになりました。
前々回書きましたが、自然環境にいると感覚がMAXで開きます。
都会や人の多いところではキャッチし過ぎて疲れるのでどこか閉じているものを、無自覚でフルオープンしています。
そういったものはやはり自然環境にいればいるほど磨かれるようで、山に登れば登るほど、どんどん勘が鋭くなっていくのもわかりました。
なんとなく怖い場所、良くない感じのポイント。
逆に、光降り注ぐような、祝福されている場所というものあります。
そして、地図を見なくてもだいたいの方角がわかります。
「話が聞けない男、地図が読めない女」という、男女の能力差異をわかりやく伝えたタイトルの本があります。その中でも男性は狩りに出るために方角や地理を把握する能力が発達したと言われ、女性は巣穴近辺での作業が多かったので発達しなかったと言われます。そして、それが出来る人は方位磁石のようなものを身体に持っていると。
その推論はなかなか説得力があって頷けるのですが、もう一つ考えるのは、その場の状況から「読み取る能力」にも長けているのではないかということ。
HSPであることは、環境からの影響を受け取る身体の変化を、敏感に受け取ります。環境からの影響を受けやすいと言うより、その自分の身体変化に対して敏感なんですね。
ですから、光の入り方や角度、木々の生え方や苔の湿り具合、川が流れる音や、岩肌の種類。そのようなものから、だいたいの方角や地形を把握することは可能です。
それらは山に入る時の知識として教わるものでもありますが、その知識がなくても、感覚を総動員して「なんとなく把握」することが出来ているのだと考えます。
そしてそれは山の中でなく都会でも、なんとなくの様子で方角がわかるのにつながります。
空を見上げ雲の流れる様子や形で海の方向ってなんとなくわかりますし、大きな駅がある場合はたくさんの人が集まっているので、気やエネルギーが集まっていて存在感が「強い」のです。
(尚、山上りは気軽な山でも経験者でも危険なものです。ちゃんとした知識と準備や確認を怠らず、勘を頼りに突進することは止めましょう。それをオススメする意図の記事ではありません)
狩猟採集民族であったわれわれ人類は、そもそもそういうものに敏感だったと思います。
そうでなければ獲物も果実も取れず、生き残ってこれなかった。
ということは、現代に生きる人類最前線のわれわれは、その生存競争を生き残ってきた優秀な遺伝子を引き継いでいます。
であるなら、そういう感覚が今に引き継がれていても何らおかしくはありません。
そして、そういう能力を色濃く残しているのがHSPだと言えるのではないでしょうか。
続きます。
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