Eri Koo Blog

元気があればなんでもできる学習帳

死生観と理想的な死に方

一度、ヒプノセラピー催眠療法)で前世での死ぬ瞬間を見た。

わたしは70歳をちょっと過ぎたくらいのおじいちゃんで、寺の坊主であった。
和室で布団に寝転がって朝を迎えていた。
けど、もうこのまま体を起こすことなく、死を迎えるのだということがわかっていた。
障子の向こうの廊下では、小坊主や僧の仲間たちがバタバタと朝餉の準備や掃除や、社務をしていて、とってもうるさい。
騒々しい。
でもその騒々しさがとても大好きで、その音を聞いている事がしあわせたった。
家族とも言えるみんながいきいきと生きて、活発で、動いている、その音こそが喜びだった。
死に際を誰にも見られたくはないと思っていた。
死ぬ瞬間は自分だけのもので、その様子を見ていて欲しくはないなと考えていた。

だから、みんなの生活音が響いていて嬉しいし寂しくないし、このまま布団の上で一人で息を引き取るのは完璧に望みが叶っている。
こんな最高のことを叶えてもらえるような、誇れるような人生じゃなかったように思うのに、ありがたいことだなぁと思った。

次の瞬間、ストン、と闇に落ちた。
落ちたけど、浮かんでいた。
黄金色の輪郭だけ、線で描かれたような風体で、自分自身が浮かんでいる。
かろうじて、その線だけが「自分」で、そこにある。
奥の方に光があって、そちらへ吸い込まれるようにゆっくりと移動していく。
そのうち、線もどんどんと消えていって。
ああ、こんな風になっていたんだな、と。
こうやって「次」に行くのか、と。
まったく恐怖なんてなく、ただ自動的に運ばれていくし、自分も消えていく。
単にそういう仕組みになっていたんだと思って。
そこで完全にブラックアウトして、その光景は終了した。

小さい頃から、死んだら何を知れるのかが楽しみで仕方なくて。
きっとその時にはこの世の仕組みが知れるのだと、真理が知れるのだと信じていて。
死にたいって意味ではなくて、好奇心の方が先に立っていて。
今は、死んだところで本当に知れるのか?そんな単純なものなのか?個人個人の心情や宗教観から、見たいものが見えるだけなのでは?
なんて懐疑的ではあるけれど、やっぱり少し楽しみ(しつこく言いますが死にたいわけではありません)。

先に書いた前世での死に様は、今の自分にとってもなかなか完璧で。
誰かに見つめられながら息を引き取るなんて、全然好みじゃない。けれど大事な人の気配を近くに感じたり、生活音は聞いていたいようにも思う。
それはセラピーで見たものだから、本当にそんな前世があったどうかの真偽なんてどっちでもよくて。今の自分に必要な物語を、自分の無意識領域が見せてくれたもの。
これまでどんな風に死にたいかって聞かれたり考えたりしても、砂漠で野垂れ死にしかないだろう、実際に白昼夢みたいなものでも見たし、そうなるんだろう。
って思ってきたけど、これを見てからは、こんな風だったらだいぶしあわせだなって思うようになった。

個人的にそんな風に思っているので。

看取ること、死に立ち会うことって、そんなにも大事に思っていなくって。
看取れなかった、立ち会えなかったって申し訳なく思う人が多いけど、死んだ本人はそうでもないかもよ?と思ったりもしている(立ち会えなかった人が悔いる気持ちはわかるけど)。
そして死も、病気も、ただの身体の経過であって不幸ではない。
短命は不幸でも悪いことでもない。
病気になったからって、運が悪いだとか良くない事が起こったとか、そういう風に思わない。
ただ何か、その人にとっての(あるいは周囲にとっての)経験を与える運命がそのように訪れただけなんだと。

死も、病気も、とても悲しい。
大事な人が苦しむのも、先に逝かれてしまうのも、身がちぎれそうになるだろう。
何年も何年も、もしかしたら死ぬまでその喪失を思って心が冷えるだろう。
穴は埋まらないだろう。

けれど、それは不幸ではない。

それほどの経験を与えられたということ。
病気や死に、あらがわないという意味ではない。
あらがうのも、もがくのも、受け入れて静かに何もしないのも、全部、自分が病気や死によってもたらされた選択と経験。

不幸とは、一個人が抜け出すのが容易ではない環境に、強制的に置かれてしまうこと。
その環境のこと、だと思う。
死や病気といった、生命の一過程ではない。

脅すわけでも不安を煽るわけでもないけれど。
可能性として、たくさんの死が身近にやってきてもおかしくない時節を迎えつつある。
自分の中の死生観を、悲しくても前に向かっていける心持ちを、すこし真面目に考えて整理しておくのは有効だと考える、昨今です。

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▼今日のおすすめ
漫画『七色いんこ』 作者:手塚治虫
はじめて「死生観」という概念をわたしに運んできたのは手塚先生でしたが、手塚作品の中でも意外と知られてなくて、けど相当おもしろいのがこの作品。どんな役にもなれる天才役者がその才を使って泥棒する話。舞台・映画が大好きな先生らしく、名作が次々に題材に出てきてそのドラマ性と、漫画のドラマ性がぶつかって本当に珠玉のストーリー展開です。天才か。天才ですね。手塚先生の作品にはいつも「死」が重要なファクターとして出てきます。それはそうと玉サブローってゲイの犬が出てくるんですがめちゃくちゃ愛らしいので読んでください。 

七色いんこ 1

七色いんこ 1

 

読んでいただきありがとうございます☆祝福アレ♪

 

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