願いの叶え方
昨日の記事では、過去を思い出して、そこから未来となった今の話をしました。
今日は今ここから見て、未来のお話。
未来は。
この世界が、混沌に光がさして生まれたように。
あるいは、神々が乳海をぐるぐる回して撹拌して、色んな存在が湧きいでたように。
そんな風にぐちゃぐちゃとしたカオスが広がっていて。
くっきりと決まってはいない。
そこを決めていくのは、イメージの力。
自分が成りたいよう、在りたいようなビジョンが形になっていく。
混沌に光をさすのは自分自身。
それは、何もかもが思ったとおりに順調に進んで、失敗も挫折も悲しみもないとか、そいう道のりではない。
例えば、一番に欲しい物、心から欲するものが、未だ発見されていない光り輝く宝石だとしたら。
原石を発掘する場所の調査の手間や。
発掘する技術の取得や、協力してくれる人たちとのコミュニケーション、資金のための奔走。
日々生きていく食事や睡眠。
その過程で色んな諍いや揉め事、諦めたくなるようなトラブルだってある。
地の滲むような努力も必要になるかもしれない。
手に入れるまでに、半生がかかるかもしれない
一番に掲げた目標のためには、嫌なことも嫌な経験もしていかないといけない。
けど、結果。
必ず何かが手に入る。
イメージしたものが。
光り輝く宝石は、ただの具現化した象徴で。
本当は、人間が欲するものとは、その宝石を手にした時の自分の状態。
満足感、達成感、多幸感、美しいものを手にとって良いなぁ……とうっとりと思う気持ち、などなど。
端的に言うと「しあわせ」の状態。
そのしあわせの状態を、どういう状況で感じるかが、十人十色。
宝石が好きな人もいれば、マラソンで感じる人、家族を持つこと、様々だ。
そして結果、光り輝く宝石を手に入れられなかったとしても、膨大な経験値や仲間が手に入っていたりして、しあわせになっていた……なんてのは、ちょっと良い話チックで気持ち悪いけど。
たいてい、そこまで本気で思うものって手に入る。
よほど、自分という人間がわかっていない場合を除いては。
ありありとしたイメージを描くことは、願いを叶えるのにとても有効で。
同時に、自分の本当の望みも知る必要がある。
外側から注入された、自分のではない望みだとその未来はやってこないか、歪む。
自分の本当の望みである場合、そのイメージの現実化は加速する。
それが正解のサインとも言える。
すぐに宝石が手に入るって意味じゃなくて。
早い段階で、その情報が手に入るとか、行動に移せるかとか、そういうこと。
何事にも、何かを成すには時間がかかる。
って、すぐ忘れちゃうから焦ったり急いだりしちゃうけど。
色んな本を読んで。
イメージが未来を創る、ってわかったような気になっていたけれど。
先に書いたように、何でもイメージすればポンポン叶うし、失敗も挫折もないって捉えていた。
けど、違うって、そういうことじゃないって、自分で経験してようやくなんとなくわかってきた。
でも、イメージが未来を創るって、ほんと。
小さく実験してみるとわかる。
だって「今日は餃子を食べよう」って思うと、だいたい叶う。
え、そんなに自分で店に行ってお金払ったら当たり前じゃん?って思うかもだけど、願いが叶うって要するにそういうことで。
欲求があって、イメージがあって、行動して、手に入る。
この原理は大きな事でも変わらない。
欲求、イメージ、行動が秒で行われて、一緒のようになることだってあるけれど(痒いから掻いて痒くなくなる、とか)、同じ。
だから、なんか、こう成りたいなとか在りたいなって思ったなら。
ありありと、匂いや感触なんかも含めて、それが叶っている状態を今ここに想像で作ってしまうといい。
物事によっては、忘れちゃうくらいに時間がかかるかもしれないけれど。
(わたしで言うと『うる星やつら』みたいに、個性的な人々に囲まれて毎日が夏休みみたいな生活を送りたい、を叶えるのに40年くらいかかりました)
そうすれば、だいたい、叶うと思う。
(しらんけど)
読んでいただきありがとうございます☆祝福アレ♪
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